蕎麦屋の玉子焼き1 / 「そうだタマゴを焼こう」

 

『そうだ京都へ行こう』以前JRのコマーシャルでそんなのがありました。 思いついた時にふらっと気軽に京都へ行く、行ってみませんか?そんな感じのキャンペーン。玉子焼きも同じ様に気軽に焼いてみませんか?『そうだタマゴを焼こう』。タマゴはいつも家の冷蔵庫にあるし、そば汁も砂糖と塩も。こんなに身近で直ぐに楽しめる事もなかなかありませんよ。と、いうわけで『蕎麦屋の玉子焼き』を焼いてみましょうか。

昭和30年代後半、当時の子供達が好きな物は『巨人・大鵬・玉子焼き』と言われていました。その子供達も今やもう前期高齢者。その少し上の団塊世代の方々にとっては尚の事、玉子焼きは今では考えられないほどのご馳走だった事でしょう。そば店でも特にご注文の多いおなじみの一品です。『そば屋の玉子焼き』は店々により汁の配合が異なって、見た目にあまり違いは無いのですが、それぞれの味わいに個性があるものです。

店で使う専用の焼き鍋には大きさも様々ありまして赤銅の内側に錫すずが施されています。関東型、関西型があり、形も少し異なります。一番大きいのが八寸(24cm角)、左下が七寸(21cm角)、左上が一番よく使用する六寸(18cm角)で、玉子を3個〜5個焼く時に用います。ただ、家庭で焼くなら焦げつかない加工が施してある玉子焼き器で充分ですよ。

こちらは関西型。縦に長く少ない玉子でも焼くことが出来るのです。関東は手前に巻いていき関西は向こう側に巻いていきます。この違い何故なんだろう?おもしろいですね。

では玉子を焼いて行きましょう。まず材料です。タマゴ4個にそば汁110ml、酒・みりん少々を合わせた120ml。砂糖はお好みで調節・塩を一つまみ。

『丸真そばつゆ』なら1袋を100mlの水で希釈するくらいの濃さです。私はタマゴ一個に汁30ml40mlを目安に入れています。家庭で作る場合は汁はお好みで作ってください。濃い汁を少なく入れても良いですし、砂糖を控えめにしたり、作る度に変えてみるのも『オラが玉子焼き』の楽しみ方でしょう。

玉子に汁、砂糖、塩を合わせて加え、よくかき混ぜます。 空気を含ませるように大きく混ぜるような感じで。

焼く油を鍋で熱しておきます。一度、熱を入れた油を使うと玉子が焼き易くなります。玉子を焼く時のあまり知られてないけれども、ちょっとしたポイント 。熱した油を固く結んだサラシ(又はキッチンペーパー)に含ませます。

いよいよ、焼き始めます。火加減は強めの中火。鍋肌の焼き加減を途中で調節して行きますが、基本はこの火加減で。 

鍋肌から少し煙が立ち始める位に良く熱して。

タマゴ液を端の先に付けてジュッとしたら・・・・

 二十数年前、そば教室の主任講師をやっていた頃、 現場から離れていたために玉子を焼く機会がほとんど無かった期間がありました。 それ以前は、店で毎日焼いていたわけですから、何か自分の腕が落ちてしまうようで不安に駆られていたのでしょうか。いやもっと本能的に何か火を使って物を作りたかったのかもしれません。ちょっと一杯の晩酌でお酒が入ると無性に玉子が焼きたくなる。家族が寝静まると一人、薄暗い台所で七寸の焼き鍋で玉子6個を焼いておりました。毎晩、毎晩、焼いているのですから、そのうちに家族も食べなくなり、焼くのをやめれば良いものをそこは飲み始めると玉子を焼くこと自体が『酒のつまみ』みたいになっている。いわば一種のゲーム感覚です。まるで落語『王子の狐』に出てくる『扇屋の玉子焼き』の狐に憑かれたようでした。結局、焼いた玉子は自分一人で食べる事に。一日6個の玉子です。そんな折にちょうど定期検診を受けることになって、出ました結果が『高脂血症』とのこと。その夜から玉子焼きはすっかり焼かなくなりました。

 さ〜て、玉子焼き。そば打ちと同様に本で見ただけでは本当のコツや加減は、なかなか習得できるものではありません。実際に何度も失敗して覚えるものなのでしょうね。なんといっても難しいのは玉子の生地の返し方です。昔は濡れタオルなどを使いまして、返し方の練習をしたものです。そばを練習で一回500g打つ気になれば、玉子なら30個分が練習出来ますから、本物を使っても惜しくないかもしれません。 ちょっと贅沢かもしれないけれど。

 蕎麦屋の玉子焼き 2 に続きます。

著者紹介

蕎麦料理研究家 永山塾主宰
永山 寛康

<プロフィール>
1957年(昭和32年)生まれ。
21歳でそば打ちの世界に入る。名人と名高い片倉康雄・英晴父子に師事し、そば打ちの基本を学ぶ。『西神田 一茶庵』『日本橋三越 一茶庵』に従事した後、『立川 一茶庵』で店長を務める。その後、手打ちそば教室の主任講師などを努め、2004年より「永山塾」を開塾。長年研鑚を積んだそば技術やそば料理の技術を多くの人に教える。

感情豊かなそば打ちやそば料理の指導に、プロアマ問わずファンは多い。近年はそば関連企業と連携して、開業希望者やそば店等への技術指導にも活躍中。

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