PCにたまっていた写真を整理していたら、昔の写真の中にたくさんうどんを打っている様子が写っていました。最近はうどんを打つことが殆ど無くなったけれど、以前はうどんを打つことが好きで、楽しくやってました。そば打ちには、いつもどこかしら気負いみたいなものがあって、常に上手く打つことを課せられているような思いがあり、自分の中にあまり楽しさの要素はなかったのです。そばを打っていると、不調の時もあるものでそんな時は、気分転換を兼ねてうどんを打って調整していました。それはネクストバッティングサークルでバットに咬ませる鉄製のリングのような感じ。次打者が待機中にバットを重くし素振りをして、自分が打席に立った時にはバットが軽く振れるためのあのリング。その感覚がうどんを打つことにあったのです。延ばしても縮む生地、それで思い切りしっかりと麺棒を転がせる。体重のかけ方もそばとは異なる。麺体が丈夫だから、リズムだけの半端な包丁作業をしていては、麺が切れずにくっついてしまう。正確に一本また一本切って行く。駒板(麺を切る時に包丁に当てる定規)をしっかり傾けて次に切る麺線の幅を出す。うどんならではの難しさが逆に新鮮で、そばとは違う感覚がありました。
前日に仕込んだうどん生地を玉にします。この玉で粉500g。

これを足で踏んで延ばします。そば打ちでいうところの丸出しにあたります。あら、見ればちゃんと『足袋』を履いてます。そういえば以前、うどん踏み専用の足袋を用意していました。足からずいや、悪しからずってわけで。
一度踏んである程度薄くなったら、上下を入れ替えて再び踏みます。うどんは重ねると一枚で踏むより、効率良く延びてくれます。多い量を打つ時は数枚重ねて順繰りに入れ替えて踏んでいました。
そばは丸く大きく延ばしてから四方の角を出していきますが、うどんは踏み終えた生地の『角』を出して厚さを整えていきます。麺棒に巻いた生地を打ち台にトントンと叩きつけるように延す『すかし打ち』という延ばし方もあります。太いうどんならこの工程で充分な厚みになります。
私が打っていたうどんは、北関東風の細めのうどんでしたから、ここからさらに延していきます。基本は角から角へ。巻きながら延して、さらに麺棒で延して生地の戻りを手で押さえて巻いてを繰り返します。
すっかりと薄くなったうどん生地。何故か気持ち良いです。厚さ2,5mm。
巻いて手で撫でるようにして慣らして厚みを均等にしてから、生地を広げて打粉をしっかり生地の裏表に施します。使っている打粉はそば粉です。うどん場では友粉で小麦粉やそれとは別に片栗粉を使うこともあります。そば粉は、うどんの生地に入りませんので(馴染みにくい)ので、うどんを切り終えた後に回収します。
段々に幅を狭めていく畳む屏風畳み。こんなところも楽しいのです。
打粉を多めに振ります。
包丁は切った後で少し置くような感覚で、リズミカルに進めます。
さぁどうでしょう、切り幅は4〜4.5mm位。以前、知り合いのそば店では入店してから数年(確か三年間)は、そば打ちはやらせずにうどんを打たせていると聞いたことがあります。1kgのうどんを15分以内で打ち上げるのが修業課題。ちょっとハードだなぁ。
切り終えたら、先端を摘んで麺棒にかけていきます。これを引き上げた後に10分程度麺を吊るしたままにします。切り口の水分が乾き、茹で時間の短縮につながるためです。
麺線が麺棒の真ん中に来るように調節して、さぁー男の子だやって見せろ!
一気に引き上げます。ここが楽しさのクライマックス!洗濯物のように吊るして10分以上放置。
こちらは1kg玉です。流石に長いですね。
長い真ん中の長い部分は引きちぎります。ちぎるのはそばに無い快感。これ又気持ち良い。
ざっくりと生船に収めます。
薬味たくさんの冷やしうどん。
湯溜めの釜揚げうどん。
懐かしい古い写真達。20年以上前の写真もあります。これは時を超えた『つぎはぎ』の記事です。でも私には懐かしい思い出。そうだ、この頃の名刺には『蕎麦職人 永山寛康』とだけ書いてあったことも思い出しました。粋がって気負っていたのですね。ネクストバッターズサークルに立って、そば打ち不調の調整のためにうどんを打つことは、もうないでしょう。時も過ぎ去ってしまったようです。ただ、うどんを打つことの楽しい記憶は、今でも変わらずに覚えています。きっとうどんの包容力のおかげでしょう。今度の休み、前日にうどん生地を仕込んで置いて、家族とうどん打ちを楽しみたくなって来ました。
著者紹介
蕎麦料理研究家 永山塾主宰
永山 寛康
<プロフィール>
1957年(昭和32年)生まれ。
21歳でそば打ちの世界に入る。名人と名高い片倉康雄・英晴父子に師事し、そば打ちの基本を学ぶ。『西神田 一茶庵』『日本橋三越 一茶庵』に従事した後、『立川 一茶庵』で店長を務める。その後、手打ちそば教室の主任講師などを努め、2004年より「永山塾」を開塾。長年研鑚を積んだそば技術やそば料理の技術を多くの人に教える。
感情豊かなそば打ちやそば料理の指導に、プロアマ問わずファンは多い。近年はそば関連企業と連携して、開業希望者やそば店等への技術指導にも活躍中。