フードトラック始めました!って?/熱〜いそば一杯くんない


  江戸の昔には、寿司、天ぷら、そば、鰻の蒲焼きなどなど様々な屋台が人の集まる門前や船着場などに店を出していたそうですね。なかには担ぎ屋台という移動店舗や屋台見世という据え置き式の店舗があって、繁盛していたようです。
最近は、あまり見かけなくなりましたけれど、私なぞも子供時分は、屋台のおでんなんぞ良く食べたものでございます。


この屋台が現代は車に変わり、改装した車も出て来まして、これをフードトラックとかいうそうですな。そういえば『シェフ 三つ星フォードトラック始めました』なんて映画もありました。実在のシェフ、ロイ・チョイさんがモデルで、何でもフードトラック文化の火付け親だそうです。

さて、ここにチョイはチョイでもちょいと違うホイチョイ男がおります。
コロナ禍で職を無くしたのを口実に、稼ぎの良いカミさんに食べさせてもらいながら、一日中毎日、ゴロゴロとしているのが生きがいの生来の怠け者。
仕事がきらいな分、反比例で酒が大好き。昨夜もしたたか飲んで、炬燵の中で大いびき。
 

・・♪🎶・・・携帯?・・着信?・・鳴っている?・・♪🎶・・鳴っている・・

「もしもし、今いいですか?」

「もひもひ、社長ふぁん?どうしました、こんな夜中に電話なんて・・ファ〜」

「えっ!あくびなんかしてないで、もう昼を過ぎていますよ」

「あれぇ、それじゃ夕べ、呑み過ぎてそのままずっと寝てたんか、

 またカミさんにどやされる」

「電話したのは、ずっとくすぶっていた昔からの知り合いが、一念発起して

 最近、なけなしのお金で車を改造して、小さいフードトラックを始めたんです」

「ほぅ、くすぶっているなんて俺と同じじゃない」

「毎日、違う場所でいきなり車を横付けにして、売るだけ売ってさっさと

 何処か行って、次の日は違うところで商売してるらしいですよ」

「フードトラックで何を売っているの?」

「元は腕の良いそば職人だったから、そばですよ」

「そば!良いね、俺にも出来るかな」

「ただこの人、欠点もあって、気まぐれなところがあるんですよ」

「フラフラ気ままにやってるわけか、うらやましいね」

「フードトラック、前に興味があると言っていたでしょう」

「あれね、はいはい映画で見たやつね、興味もりもりに大ありでっせ」

「それで私、今から食べに行ってみるつもりですけど、今日店を出していると

 聞いた場所がお宅の近くなんで、慌てて連絡したわけ」

「場所は?あぁ○X広場ね、そこならここから歩いて20分くらい」

「見に行くのなら早く行ったほうが良いですよ」

「起きたばかりで顔も洗ってないけど、行きますよ」

「気まぐれに何処かに移動する前に、さぁ急いで急いで」

そんなわけで男が慌てて駆けつけますと、それとおぼしきトラックの周りに数人のお客が居ります。

 

「はぁ〜ぼちぼちと客がいるもんだな・・」

「早く着きましたね」

「こんちは、あれ社長もう食べてるの」

「せっかく来たのだから、オーナーに話を聞かせて貰えば参考になるでしょう」

「こんちは、社長さんから聞いてますよ、イヨ!くすぶってた張り切り者!」

「いきなり失礼な人だな、車を見たいんだろ」

「見させてもらえますか、ほぅほぅ、まるでおもちゃみたい」

「おもちゃだよ!悪かったな」

 

「何か食べさせてくれますか?」

「社長さんから前金で頂いたから、酒でも一杯飲んでくかい」

「先輩、御地になります」

「急に先輩かよ、酒は何が好きかい」

「ただ酒」

「本当ぶつよ、はいよカップ酒、肴は薬味でもつまんで」

「薬味が肴なんてのは、究極の粋ですね」

「そばは何が好きかい」

「焼きそばパン」

「張り倒すよ本当に、そばはもりとかけしかやってないけどどっちにする」

「熱いかけそばでお願いします、温ったかいじゃなくて熱〜いそばにして」

「うちは出汁の節、おごってるからね、汁が旨いよ」

「旨そうな香りしてますね、ちょいと期待値大だね」

「ほら思い切り熱〜くしたよ、熱いから気をつけな」

「こりゃ熱いね、アチィ!アッチッチアチィアッチアッチ」

「さっさと丼を下に置きなって」

「熱い丼、持ってるところを誰かが揺さぶる、揺さぶんな・・止めろよって・・」

 

「起きた?もう昼よ、いいかげんに起きなさい!」

「・・あぁ夢か・・夢・・みてたのか・・」

「アンタって人は、のんきの全日本代表、私が夜勤で帰っくれば、この様だよ」

「俺を揺さぶっていた犯人はお前か」

「寝言でアッチッチアッチッチって、郷ひろみにでもなった夢でも見てたんか」

この男、カミさんに呆れられながら、いっこうに起きる気配も無く、寝ぼけ顔で

炬燵の中に体を丸めて潜り込みます。

「あれ、アンタまた寝る気じゃないでしょうね?」

「寝ます」

「呆れるくらいに堂々と言うね、この人は」

「また寝て、早く夢を見ないと・・」

「どうなるのよ?」

 

「せっかくの熱いそばが冷めちまう」

    模型・切り絵制作 森のアトリエ「Y's」

 

著者紹介

蕎麦料理研究家 永山塾主宰
永山 寛康

<プロフィール>
1957年(昭和32年)生まれ。
21歳でそば打ちの世界に入る。名人と名高い片倉康雄・英晴父子に師事し、そば打ちの基本を学ぶ。『西神田 一茶庵』『日本橋三越 一茶庵』に従事した後、『立川 一茶庵』で店長を務める。その後、手打ちそば教室の主任講師などを努め、2004年より「永山塾」を開塾。長年研鑚を積んだそば技術やそば料理の技術を多くの人に教える。

感情豊かなそば打ちやそば料理の指導に、プロアマ問わずファンは多い。近年はそば関連企業と連携して、開業希望者やそば店等への技術指導にも活躍中。

記事一覧に戻る