先月、大きな木鉢と大きなまな板を使う用事が出来た。普段、めったに使う事が無い道具なので、押入れの一番奥に仕舞ってある。荷物を引っかき回しながら、やっとの思いで引きずり出した。押入れの前には、この家に引越して来たまま、一度も開けた事のない箱が散乱している。一度出してしまうと、今度は収納するのが大変だ。「あーめんどくさ」とため息まじりに、しかめっ面で荷物を眺めた。ふとその中に『どおぐ』と、マジックで殴り書きした文字が書いてある箱を見つけた。25cm四方の小さな箱だ。「はて、こんな小さな箱に入る道具ってなんだろう」と思いつつ、箱に貼ってあるガムテープを剥がした。開けてビックリ玉手箱なら、モクモクと煙が出てくる所だが、出て来たのは、何と小さな小さな『そば道具達』だった。
物体の大きさをいや、小ささを表すのは難しい。現物が目の前にあれば、実感し易いのだけれど、対比物に小さな物を置けば小さいものが大きく見えてしまう。ある程度の大きさがある物だと、写真に映りにくい。子供の頃の雑誌では、大きさの表現に良くタバコ(何故かハイライトが多かった)が置かれていたけれど、今なら「不適切にもほどがある」だ。そこで、500円玉を置いてみた。この駒板は、私が使っていた物の二枚をそのままに、十分の一にスケールダウンしている。
駒板は二枚。それぞれに木製のケースに収められている。
とても正確に作られている。駒板の反りを防ぐ為に施す木工技法の『ハシバミ』を『本実(ホンザネ)ハギ』にしてある。実物を作る際にも、これは難しい技法なのだが、この小さく薄い板を加工するのは、かなり難易度が高いと思う。
これは、モデルになった駒板の一枚。
これは、そば切りのまな板。薄い木材の小口をはぎ合わせて上場(包丁が当たる部分)にしてある。定規で測ってみると、一枚の厚さが1mm弱。上場の長さが9,5cmだから、およそ100枚貼ってある。実物と同じく、両面使える仕様になっている。これはまさに圧巻だ。
実物はこの寄木まな板。これの縮尺を小さくしてある。ちなみにこちらは昭和32年に制作された物。
縮小版まな板のずれ止め。きちんと正確に上下させることが出来る作りになっている。
こちらは、上の実物寄木まな板の前に作られた、第一号試作版のずれ止め。作られてから既に80年近い年月のせいもあって、かなり老朽化している。その事もあり、こちらの方がすっかりミニチュアのアップ写真のようになってしまった。
麺棒もある。延し棒一本と巻き棒が二本。それと麺棒置き。長さを測ってみたところ延し棒が9cmで巻き棒が12cm。直径が3mm弱だ。私が使っていた麺棒の長さは、延し棒が90cmで巻き棒が120cm。直径が2.8cm。改めて他の物を測ってみると、全てが1/10サイズになっている。遅まきながら、やっとこのミニチュアのサイズに気がついた次第である。
包丁もある。刃渡り36mmで実物の二尺二寸36cmの1/10縮尺。このそば切り包丁も、私の使用している包丁を念頭に置いて削り出したと思われる。
実物がこの二尺二寸そば切り包丁。この刃渡りは、本職用なので一般の方は、あまり使われない長さ。これを縮小したと言うことは、私の道具を意識して下さったからだ。そう思うと、感謝で一杯な気持ちになる。
さて、この『道具達』を作って下さったのは、私が長年お付き合いさせて頂いている『TOKYO蕎麦塾』の、当時中心会員だった内田博隆氏、通称『ヒロさん』だ。現在はお仕事を引退され、郷里の広島に戻られている。歯科技工士をされていたので、細かい作業は得意中の得意。実際、ご自身で使っているそば道後も様々に工夫して手作りされていた。
記憶を辿れば、「鶴の置物」を店の開店祝いに作って下さった事に始まる。この鶴を頂いてとても喜んだ私に、会う機会がある度、そばの道具を一品ずつ作って来て下さった。頂くと大切に飾っていたのだが、あの3.11の地震の後に急遽、海のそばの家から引っ越しをした。その際に、箱に入れて押し入れに眠らせたままにしてしまった。縮尺の事も聞いてはいた筈なのだが、そう思うとつくづく自分が情けない。
この『そば道具達』を、皆さんにお見せするのには、更に引き立たせなければ、ヒロさんに申し訳なく思った。そこで知り合いに頼んで、打ち台や木鉢台や麺棒かけ等の周辺道具を作ったもらう事にした。時間と手間もかかったが、果たして、どうなります事か。
次回、乞うご期待のほど。
著者紹介
蕎麦料理研究家 永山塾主宰
永山 寛康
<プロフィール>
1957年(昭和32年)生まれ。
21歳でそば打ちの世界に入る。名人と名高い片倉康雄・英晴父子に師事し、そば打ちの基本を学ぶ。『西神田 一茶庵』『日本橋三越 一茶庵』に従事した後、『立川 一茶庵』で店長を務める。その後、手打ちそば教室の主任講師などを努め、2004年より「永山塾」を開塾。長年研鑚を積んだそば技術やそば料理の技術を多くの人に教える。
感情豊かなそば打ちやそば料理の指導に、プロアマ問わずファンは多い。近年はそば関連企業と連携して、開業希望者やそば店等への技術指導にも活躍中。