そば道具夢物語/ミニチュアのそば道具をセイロに載せて

せっかく頂いてあった、1/10スケールのそば打ち道具達をもっと活かそうと思った。旧知の『森のアトリエY's』さんに、ラフなスケッチと寸法を描いた図面を送って、制作を依頼した。首を長くして待つこと45日。ようやく、打ち台・木鉢・木鉢台・麺棒かけ・包丁置き・塗りの麺棒が送られて来た。「Y'sさん、何でこんなに時間がかかったの?」と、少し嫌味を言えば、「急に暑くなったからやる気が・・」って、それは無いだろう。とは思いつつも、さぁいよいよ、すべてが揃った。1/10スケールのそば道具達を、我が家に迎入れれば、何か嬉しくて、可愛くて有り難い気持ちは隠せない。さっそく、

セイロに盛っていや、セイロに載せてみた。

500円玉の直径が26.5mm。10倍すると26.5cmだから、ちょうど1kgのそば玉を手でつぶす前の大きさに近い。500円玉1枚だと、さすがに薄いけれど、3枚重ねると5.55mmになる。この厚さなら、スケール感が出るのではないだろうか。

打ち台は、ちょうど文庫本のサイズ。檜で作ってもらった。まだ、削った木の良い香りがしている。最初は表面の板を製材する時の、『木表』と『木裏』を交互にベタはぎで合わせてと、注文した。「実際にこの板で打つわけでは無いですよね、そこを作り込む必要ありますか?」と、Y'sさんに言われた。そりゃそうだ、そこまでやる必要は、確かに無いなと納得。台の下部には打ち終えたそば収納用の『生船』や粉等が置ける棚もある。

打ち粉受けの箱も付いている。細かい仕上がりだ。

麺棒かけは、左右と正面に付け変え出来る作りになっている細かい技の優れ物。さすがにここまで細かくは、指示もせず頼んでいなかったから、これはサービスだね。えっ、別料金?それやめてくれよ。

手前にある打ち粉受けの溝。芸が細かい。実際の打ち台でこれが有ると無いのとでは、足元に落ちる打ち粉の散乱具合が、とても違ってくる。仕事で何玉も打ち続ける時の、足元に落ちて来る打ち粉の煩わしさは、この溝がほとんど解消してくれる。とても有難い溝なのである。

まな板や小物の道具を置くための、棚置き用の支柱が引き出し式に仕込まれている。座頭市の仕込み杖ならぬ、仕込み棚受け棒だ。実物にこんな仕掛けがあれば、とても便利なはず。

打ち台に続く、今回のもう一つの目玉。それがこの木鉢台。木鉢のトップが打ち台の表面と同じ高さになる様に、注文した。昔からの伝統的仕様だ。これには難儀したそうだ。置いた木鉢を安定させるために、木鉢の側面が当たる部分には、ゴム製の木鉢受けが貼ってある。

仕上がりまでに、時間がかかった理由は、この麺棒なのだそうだ。漆塗りの色合いでツルツル漆黒の仕上がり。太さは直径3mm。5本作って貰ったが、この1本だけをオーケーとした。独特の黒の色感を出すために数種の塗料を様々に調合して、ヌメッとした妖しさを出したそうだ。これはまさに『妖麺棒』の仕上がりだ。秀逸の出来だ。

ローズウッド材を削って切り出した、麺棒かけ。アップの写真だとシャープな感じが出にくい。私の描いたスケッチ通りに仕上がった。昔、愛用していた形そのままに仕上がっている。

同じく、ローズウッド材を削り出した包丁台。こうして見るとやはり小さい。

道具を並べて見ているうちにふと、そば玉の質感が気になった。粉1kgに対して加水を47%とすれば1kg玉は、重量1.47kgになる。その玉を1/10にすると147g≒150g。かなりの質感があると思う。前述した500円玉3枚重ねのイメージ。無機質なコインで表すのは、何か違和感がある。実際に100gの粉を練ってみれば、良いのだろうか。けれど、そうするとそのそば玉は、極々小さい実物だ。どこまでを、縮小した物とするのか?。気にする事でも無いのだろうが、やはり多少引っかかる。ここら辺が、ミニチュアのスケール感の難しさなのかと感じた。

せいろに載せた『そば道具達』。せいろは20cmの正方形。10倍すると一坪より少しだけ広い。昔、「打ち場は一坪必要」と言われていた事を思い出した。

時間と手間は、本物と同じとは言わないが、簡単に考えていた以上に大変だった。アクリル板でケースを作りこのまま飾って置こうかと思っていた。

けれども、太陽光での変色や、湿気で歪みが出て来る恐れもある。ここは忍びないけれど、大切に箱にしまって、また暫くの眠りについて貰う事にした。

著者紹介

蕎麦料理研究家 永山塾主宰
永山 寛康

<プロフィール>
1957年(昭和32年)生まれ。
21歳でそば打ちの世界に入る。名人と名高い片倉康雄・英晴父子に師事し、そば打ちの基本を学ぶ。『西神田 一茶庵』『日本橋三越 一茶庵』に従事した後、『立川 一茶庵』で店長を務める。その後、手打ちそば教室の主任講師などを努め、2004年より「永山塾」を開塾。長年研鑚を積んだそば技術やそば料理の技術を多くの人に教える。

感情豊かなそば打ちやそば料理の指導に、プロアマ問わずファンは多い。近年はそば関連企業と連携して、開業希望者やそば店等への技術指導にも活躍中。

記事一覧に戻る