『いえそば』が家に来た!/先ずは二八で・・・

「家でそば延ばそーえい!そば延ばそ!イエーそば延ばそで、えい」怪文?いや回文。

タカラトミーから2007年に発売された『いえそば』。いえそばちゃん!当時から君の存在は知っていたよ。ただ正直に言うとね、誠に失礼なのだけれど、あえて買う程の物でも無かろうと、たかをくくっていたわけ。眼中に無いってやつかな。君の後に発売された、フィリップス社の家庭用製麺機『ヌードルメーカー』には、多少食指が動いたけれど、我が家の狭い台所の邪魔者になるのは必至だ。見た目もきれいな美人さん。何より値段が結構する。高値の鼻、いや高嶺の花だ。知らなかった振りして忘れる事にした。

あれは、ほんのひと月前。リサイクルショップでミニカーを物色中に君を見つけた。君を見かけた途端、探していたミニカーの事は頭からすっ飛んで、衝動で君に抱きついてしまった。中古だから安い。2,350円。そこが気に入った。悲しいけれど、それが君を見染めた一番の理由さ。君をお姫様抱っこして、玩具売り場のレジに持って行った。店員さんに「これは生活用品のレジで・・」と、言われた。僕はてっきり、君がおもちゃだと思っていた。だからこれからは、君をおもちゃにはしない。真剣に付き合う事を約束するよ。

君を家に連れて来てから、ひと月も経ってやっと開包。撮影の仕事で出張していた為、中々取り組めなかった。真剣に付き合いたい思いが、今後の深い関係になる事に、多少の戸惑いもあった。ゴメン待たせたね、いえそばちゃん。(ただ面倒でサボっていたのじゃないのかい、本当は)

結構、部品が多い。黒くて重厚感さえ漂う。何か凄い事をやってくれそうなグラマラスな姿体。が、実は軽い。だって殆どが、プラスチックだもの、しゃーないね。

説明書に目を通すと、細かく丁寧に書いてある。アムロが拾ったガンダムの操作マニュアルくらい詳しい?かって、う〜んどうかな。そば打ちをやっている人なら、水の加減とか練り具合とか、すぐに理解出来る事ごと。けれども、全く初めてそばを打つとなると、詳し過ぎて逆に理解しにくい点も、あるかなと感じた。メーカー的に難しさを先に言っておかないと、上手く作れないとクレームが来る事への配慮があるのだろう。(発売時には忖度なんて言わなかったか)推奨の粉の配合は、そば粉6:4つなぎの小麦粉。質問形式ページに「十割そばは、打てますか?」とあり、『いえそば』では、無理なニュアンスで書いてある。ごもっとも。そば粉8:2つなぎの二八そばでも、水の加減や生地の練り次第では、打て無い事もないと表現してある。こちらも、ごもっともだ。

手前が『切り刃』で奥が延し用の『ロール』。差し込み式になっており、双方を用途に合わせ付け替える。この辺りは、本物の『ロール式製麺機』と同じ構造になっている。ちょっと、そそられるな、いえそばちゃん。

俺もそば職人の端くれだ。初体験一発目に『十割』で決めてやる!、流石と言わせてみせる!と意気込んでいた。ところが説明書を読んでいるうちに、「何か難しそう・・」な気がして、先ずは『二八』で、と言う事に。(一番おじけずいたんは、アンタかい)いや、性根が臆病なものなので、そこのところはよろしくで。いえそばちゃんの粉総量は、Maxで200gの二人前。

何よりも、何があっても、何はともあれ、肝心要はそば打ちの加水量。これが全ての決め手になると言っても言い過ぎではない。こればかりは、幾度かの失敗を経験しない事には、中々掴めない。正解はいつも異なり、経験はその僅かな誤差を最小限に埋めるだけの物。僕もそば打ちの経験は、何たって5回以上はある。そこは、上手くやれるだろう。多分きっと・・。

これは、一枚羽根ミキサー。僕らの世界では、『縦型ミキサー』と呼んでいるタイプ。手打のそば店で使われる事の多い、デリケートな仕事向きのミキサーだ。いえそばちゃんは、中々渋い。

さぁ、いよいよ粉を入れて作業始め。先ずは、そば粉とつなぎの小麦粉を均等に混ぜ合わす作業、水を加える前の「粉合わせ」。

カバーを施します。右の受水槽には、小さな穴が三つ空いていて水がポタポタと少しずつ落ちて行く。これもワクワクの本格派。

「コ!コイツ動く!」初めてガンダムを動かした時のアムロの気分。そうじゃないって、なんたって手回し手動なんだから、動くさそりゃ、自分で回しているのだから。

適度に水が回ったところで、ヘラを噛ませる。このヘラで水を含んだ生地に抵抗を加えて、固まって行く作用を促すスグレ者。この機能も本物の高品種のミキサーを踏襲した機構。やるな、いえそばちゃん。

良い感じにこなれて来た。水加減は合格。

この後は生地を半分にして、作業が進め易い大きさに分ける。手でまとめて練り上げる。この作業は、老舗のそば屋さんと同じ。捏ねの仕上げは、手でやらないと良いそばは出来ない。

手でいえそばちゃんのロールに入る厚さと幅に形を整える。ここ迄は、経験がありますら苦もなく進んだ。

いえそばちゃんを縦に起こして、延し用のロールをセット。

ロールに生地を通して行く。ロール幅の目安に印が付いて居るので次第に薄くなる様に、三段階でロールの幅を狭くして行く。今回は、印が良く見えなかった。これ失敗。いえそばちゃん、老眼の僕をいじめないでくれ。

ロールの幅をダイヤルで絞りながら、生地を薄くする作業を3回を目安に行う。これは『手打ち式製麺機』の延しと同じ機能だ。メーカーさん、機械製麺を良く研究している。

ロールから切り刃に差し替える。これは初体験。生地に打粉を施して、切刃に落として行く。ほ〜ら出て来た出て来た!うっ、出て来たのは良いけれど、イメージしていたよりも、太って〜なこりゃ。いえそばちゃん、次回からは、気を入れてもう少し延しを薄くするので、これは許して欲しい。

まぁまぁの出来でしょう。100点満点で何点頂けますでしょうか?(52点だな)落第でしょ、それ。

弁慶は、弁慶の衣装を着れば弁慶になり、弁慶にしか見えない。そばは、ざるに盛ればざるそばになり、ざるそばにしか見えない。昔からの格言!いや今、思い付いた。こうして見ると、立派なそばだ。

(箸上げしてそばを見せて)えっ、今回それはご勘弁のほどを。(何で見せないのかな?)実は箸にも棒にもそばが引っかからず・・(立派なそばと言ったじゃないか)人の上げ箸を取らないで。(それ上げ足を取るだろ)もう、相手しない。

で、今回の反省点を以下に記す。

◎打粉のまぶし ◎ロール間の幅を確認するための老眼鏡用意 ◎そば茹では手抜き無く真面目にやる そして一番の反省点、服が粉だらけ。今後、黒を着てそばを打ってはいけない。以上。

今回のそば打ち。全く僕の意の通りに行かず、鼻高プライドはへし折られた。ただし、これで降参はしない。次は『十割』その次は『さらしな生一本』に挑む事を、今ここで君に誓う。僕は君に魅了されてしまった。そして、すっかり翻弄されてしまった。お願いだ、いえそばちゃん。僕をもう弄ばないでくれ。

だって、僕は君の『おもちゃ』じゃないから。

 

 著者紹介

蕎麦料理研究家 永山塾主宰
永山 寛康

<プロフィール>
1957年(昭和32年)生まれ。
21歳でそば打ちの世界に入る。名人と名高い片倉康雄・英晴父子に師事し、そば打ちの基本を学ぶ。『西神田 一茶庵』『日本橋三越 一茶庵』に従事した後、『立川 一茶庵』で店長を務める。その後、手打ちそば教室の主任講師などを努め、2004年より「永山塾」を開塾。長年研鑚を積んだそば技術やそば料理の技術を多くの人に教える。

感情豊かなそば打ちやそば料理の指導に、プロアマ問わずファンは多い。近年はそば関連企業と連携して、開業希望者やそば店等への技術指導にも活躍中。

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