都会の田舎/ちょいワルなそば

「アーバンラスティックで行きます」
担当者は、これで決まっていますと言う。
「え、何ですかそれ?」
私には理解出来ないを飛び越えて、何のことなのか、意味がわからん。
「次回の企画です。このテーマでそばをひとつ、お願いします」
某国の大元帥様に似た担当者が、無表情にシラっと言う。

とあるデパートで、二か月ごとに打ち出される売り場全体の統一企画テーマだ。
それに沿って、そばのメニューを考えるのが私の仕事だった。
社内には商品研究所があり、毎回とんでもない難題を持って来る。
『昔の楽しい百貨店の日曜日』、『ピンクのご馳走』、『縁起の良いお正月』『未来への百年生活』──出るわ、出てくるわ。
最初の頃は、ビクビクしながら受けていが、次第に慣れ、今度はどんな『とんでもない』のが来るのかと、逆に楽しみになっていた。
こじつけたようなテーマに、対抗するにはこちらも、こじつけで応じれば良い。
そのパターンを修得してから、気も楽になりアイデアも出てくるようになった。
どんとこいだ。
「このアーバン何ちゃらって、どうゆう意味?」
担当者に聞いた。
「都市感覚の中に、素朴な自然や手仕事の温もりを感じさせるというところですね」
「あぁ、なるほど」
「磨き上げすぎない上質さ、というか。粗さを残したままの美意識。と言いましょうか」
「分かった!分かりました・・今回は楽勝だな」
この時、声には出さなかったけれど、ひとつ閃いていた。
(あいつだ……そうだあいつだ……ぴったりなあいつが……いる)と。
あいつはそばだ。『田舎』と呼んでいる、あいつである。

その『田舎』とは、どんなそばだろう。せいろがツルツルと、すすれるそばなら、この田舎はすするよりも噛むそばだ。
一般的なそば──たとえば『せいろ』に比べて、色は黒く、太めに打つ。
仮に『せいろ』を、髪をきちんと整え、ネクタイにスーツを着こなした爽やかな青年とするなら、『田舎』は、ホームスパンのウールジャケットにハンチング帽、またある時は黒革のスーツ、日焼けした気取り屋の、ちょいワルオヤジといった風情。
具沢山のいなかそばや、地方で見かける黒く素朴な田舎のそばと似ているが、それらとはまるで趣が違う。
『田舎』は田舎っぺではなく、垢抜けて粋な都会派というわけである。
製粉時、篩い分けの際に取り除かれた甘皮や外皮の一部を、あらためて挽き直す。
その粉をせいろ用の粉に、およそ47%ほど加える。粒度(粒の大きさ)は、せいろと同じく細挽きだが、外皮に近い部分が混じることで、色は濃くなり、風味もひと段強くなる。
黒みを帯びた『田舎』の粉は、「日焼けサロンで焼いた肌」といったところである。

好青年の『せいろ』、お嬢の『さらしな』、綺麗どころの『変わりそば』。
おとなしい顔ぶれの中にあって、『田舎』には、ひときわ強い個性と存在感があった。
代わりのきかない場所を、ひとり占めしている、そんな印象である。ところが、この数年で、その存在感が少しずつ薄れてきた。
田舎よりもさらに個性の強い連中が、次々と現れてきたからだ。
そば殻ごと挽いた『玄粉』、挽き方の違いで表情を変えるさまざまな『粗挽き』。
産地ごとに粉の挽き方を変え、歩留まりを調整し、麺の太さにも変化をつける。
自家製粉の機材が普及し、店ごとに独自の粉を挽き出すようになった。

そうして生まれるそばは、それぞれに際立った個性を持ち、強い存在感を放っている。

たとえて言えば──
真冬でもTシャツ一枚で平気なやつもいれば、ロン毛やアフロもいる。
一年中、畑にいるのが似合う者もいれば、朝いちでサーフィンしてから店に立つのが日常、なんて顔もある。
空ばかり見て一日を過ごしていそうなやつまでいる。
これまでのそばには見られなかった、新顔の連中である。
『田舎』について、この記事を書いているちょうど今、知り合いの社長が、名古屋で食べたそばをSNSに上げていた。実にタイミングが宜しい。
そこには個性的で、多様な表情を持つそばが、いくつも並んでいる。ひとつひとつに、ちゃんと顔がある。
こうして見てしまうと、日焼けサロン派の『田舎』の存在感が、霞んでくるのもまあ致し方ない、無理もないかと思えてくる。

さて、件の企画に合わせて作ったそばは、田舎と夏野菜の海老天つけカレーにした。
温かいカレーつけ汁には、赤黄のパプリカにオクラや茄子とカボチャやズッキーニ。この汁の中に、大きな海老天を刺すように盛り付けて、色彩も豊かでビュジュアル的にもこれならいける。太くて食べ応えのある『田舎』との組み合わせも、都会と田舎が重なるところが、テーマにもぴったりの絶対の自信作だ。
愛想の良い若い方の担当者に、試作品の写真を送ったら、「このデパートのおしゃれなイメージにマッチして、これは売れます」と絶賛の褒め言葉。『田舎』の出番も作れた。
よしよし、さぞや売れているだろうから、作るのに追われていないかと心配で、確認の電話を入れた。
現場の店長が重たい声で「今迄で、一番売れない」との、言葉が返ってきた。
日本で一番、流行の最先端を発信しているこのデパートは、また一方で、日本で一番『おかめそば』が売れる店でもある(と、私はいつも思う)。特にそばに関しては、昔から馴染みのお客様が多く、その嗜好は保守的だ。結局、この企画中の出数は、合計18杯しか無く、全試合全てコールド負けの大惨敗だった。別打ちの『田舎』は、他のそばには使えないので、毎日、賄いで大量に食べたそうだ。
スタッフ曰く、「『田舎』、美味しかったです。でも、もう勘弁してくださいね」
『田舎』のご贔屓を、確実に数名は失ったようだ。スタッフには、申し訳け無かった──そして『田舎』にも。

『田舎』とは、かれこれ五十年の長い付き合いになる。
ツルツルと手繰れる『せいろ』より、モソモソしたあの食感が好きだし、何よりも、『田舎』を打つのが好きだった。
だからこそ、このまま埋もれてほしく無い思いは強い。
食べ易いようにと、このところ少し細くなったから、迫力を無くしたのじゃないかい?
昔のように、もっと太くて堂々とした、ちょいワルオヤジ決めようじゃないか。
もし、あなたが、昔ながらの『田舎』を食べる機会があれば、思い出して欲しい。
あいつは、まさに”アーバンラスティクなそばだって事を。

著者紹介

蕎麦料理研究家 永山塾主宰
永山 寛康

<プロフィール>
1957年(昭和32年)生まれ。
21歳でそば打ちの世界に入る。名人と名高い片倉康雄・英晴父子に師事し、そば打ちの基本を学ぶ。『西神田 一茶庵』『日本橋三越 一茶庵』に従事した後、『立川 一茶庵』で店長を務める。その後、手打ちそば教室の主任講師などを努め、2004年より「永山塾」を開塾。長年研鑚を積んだそば技術やそば料理の技術を多くの人に教える。

感情豊かなそば打ちやそば料理の指導に、プロアマ問わずファンは多い。近年はそば関連企業と連携して、開業希望者やそば店等への技術指導にも活躍中。

記事一覧に戻る