
役所から届いた一枚のハガキ。「帯状疱疹定期予防接種」の案内です。
六十五歳から五歳刻みの対象者は半額で受けられるとあります。
ありがたい話だと改めて見直して、ハッとさせられました。
早生まれの私は、まだ六十九のつもりでいましたが、行政の区切りではすでに「七十歳」なのです。
無頓着でいた我が現実を、唐突に突き付けられました。
「人生七十古来稀なり」の「まれ」なる遠い話は、既にもうここに居たのです。
七十か、そういえば近頃、身体にガタが来始めたのも、なるほどと頷けます。
ガタが来たとはいえ、それも当然かもしれません。振り返ってみれば、それだけの長い歳月をこの身体で走り続けてきたのですから。
思えば、そばの世界に入ってから、再来年でちょうど五十年になります。
その間、大勢の人に助けてもらい、協力していただきながら、なんとか過ごしてきました。そばがもたらしてくれた「縁」があればこそです。
そばとの歩みは、そのまま「人との出会い」でもありました。
私は日頃から、そばには「人と人を繋げる力」があり、その不可思議な力こそが「そばのリエゾン」だと思っています。
そばはリエゾンして、柔軟に人を出会わせて繋げてくれる――私はそう思うのです。
リエゾン(Liaison)。本来はフランス語で「繋ぎ」や「密接な関係」を意味する言葉です。単語同士が結びつくことで、本来そこになかった美しい音が新しく生まれます。医療の現場などでも、異なる領域をスムーズに橋渡しする「潤滑油」のような役割をそう呼ぶそうです。
でも、私のそば人生における「人と人との繋がり」は、そんなお洒落で滑らかなものばかりではありませんでした。どちらかといえば、もっと泥くさく、ドタバタとした掛け合いのようなものです。
足元を取られてズブズブと沼に沈みそうになったり、うっかり池に落ちてアップアップと溺れかけたり。そんな情けない私を見かねて、周囲の人たちは何度もさっと手を伸ばし、引き揚げてくれました。
助け出された私はといえば、犬のようにブルブルッと身体を震わせて水気を切るのが精一杯。恩人に向かって思い切り水しぶきを浴びせ、全身ビショ濡れにしてしまったことすらあります。本当に情けなく、世話のない話です。
泥をはねらかし、水しぶきを掛け合いながらも、見捨てずに今日まで関わり続けてくれた人たちがいます。一人では決して奏でられなかった滑稽で温かなこの人間模様こそ、まさに「そばのリエゾン」が私にもたらしてくれた、何よりの恩恵なのだと思います。それまでの私にとっての「そばのリエゾン」は、顔と顔を突き合わせる個と個の繋がりでした。
ところが、時代は私が思う以上のスピードで疾走していきます。もともとそばは、庶民の暮らしに寄り添う身近な存在です。ただし、それは「食べる」側の話。 暖簾(のれん)のくぐり戸をひとたび潜れば、「作る」側の世界はまた別でした。
昔のそば店といえば、修業先や暖簾会といった「縦の繋がり」が絶対的で、身内意識がとても強い世界でした。同じそば店でも、隣の店の店主とは挨拶程度。暖簾の壁を越えた「横の繋がり」なんて、滅多にありません。独立した店主はみな、日々の悩みや疑問をひとりで背負い込み、黙々と店の厨房の片隅で首をかしげていたのです。
それはプロに限らず、趣味でそばを打つ愛好家の方々も同じでした。「これでいいのかな」と一人悶々と迷子になりながらも、疑問を尋ねる相手もいなければ、情報を集める術すらない。まさに「孤軍奮闘」の時代だったのです。
しかし、そんな頑固で閉じた世界に、突如として大爆発が起きました。 火をつけたのは、「SNS」というハイテクな起爆装置です。
時代についていくのがやっとの私をよそに、世界が一気に広がりました。
画面を開けば、昨日まで一人で悩んでいたのが嘘のように、全国のそば店や愛好家たちが溢れていたのです。
「個」として黙々とそば作りに励んでいた者たちが、一飛びに「仲間」として繋がり始めました。
まるで浦島太郎が玉手箱を開けたかのように、私たちの「そばのリエゾン」は、一気に爆発的な広がりを見せたのです。
送られてきた一枚のハガキは、私に時の流れを教えてくれました。
今ではそばを介して、さまざまな形で人々が集い、熱心に語り合うようになりました。まるでそば自身が糸を紡いで、人を惹きつけて繋いでいるかのようです。
時代がSNSになろうとも、根底にあるのはやはり、人間味あふれる不思議な「そばのリエゾン」なのだと思います。
ではなぜ、そばはこれほど人を惹きつけ、強い連帯感を生み出せるのか――。
正直に言えば、私には上手く答えられません。
賑やかに広がるその輪の中に、私はどこか自分自身の居場所を見出せずにいるのです。どれほど時代が「仲間」を繋げようとも、私の中での「そば」は、どこまでも「一対一の個」のままです。
かつて沼にハマり、水たまりを掛け合いながら顔と顔を突き合わせた、あの泥くさくも温かな時間が、どうしても忘れられないのかもしれません。
今、真夜中にこの文を書きながら、小さな音で加山雄三のCDを聴いています。
「幸せだなぁ。僕は君といる時が一番幸せなんだ――」幸せかぁ……。
私にとっての「君」は、もちろん「そば」です!――と言いたいところですが、いいえ、私はそんな一途な職人ではございません。
今の私の幸せは、目の前にあるロックの芋焼酎。これさえあれば、私は心から「幸せだなぁ」。
著者紹介
蕎麦料理研究家 永山塾主宰
永山 寛康
<プロフィール>
1957年(昭和32年)生まれ。21歳でそば打ちの世界に入り、片倉康雄・英晴父子に師事して、そば打ちの基本を学ぶ。その後、手打ちそば教室の主任講師などを務め、2004年に「永山塾」を開塾。長年にわたり研鑽を重ねたそば打ちの技術と、独自のそば料理を多くの人に伝えている。その感性豊かで繊細なそば打ちと、独創的で洗練された幅広いそば料理の指導、さらにユーモアあふれる講習や、軽い語り口によるエッセイが、プロ・アマを問わず多くのファンを魅了している。近年は、そば関連企業とのメニュー開発や個人そば店への技術指導など、多方面で活躍している。