湖の畔で

コロナの蔓延が始まった頃から、都会と地方を行き来する『リモート生活』や、『二拠点生活』という言葉をよく耳にするようになりました。
都会の便利さを手放すことなく、時には自然の中で暮らす。そんな生活が、ずいぶん身近な選択肢として語られるようになった気がします。
三十数年前、私は高原の自然に囲まれて暮らす、そんな生活をしていたことがありました。
きっかけは、自分から望んで始めた生活ではありませんでした。
師匠が伊豆高原で開いていた手打ちそば教室。その師匠が突然亡くなり、後を引き継ぐ人もいないまま、私は残された諸々の仕事を片づけるため、東京を離れて伊豆高原に留まることになりました。
自分で選んだ暮らしというより、気がついたら東京から離れた場所にいた、というのが正直なところです。何かを求めて生活の場を変えたわけでもありません。
目の前に片づけなければならない仕事があり、それを一つずつ処理していくうちに、いつの間にか伊豆高原での生活が始まっていました。
もちろん、仕事はそれなりに忙しかったのですが、周囲には東京のように何でもあるわけではありません。
用事を済ませようにも、すぐ近くに店があるわけでもなく、夜になればあたりは暗く静かになります。携帯電話も普及していないころのことです。不便といえば不便ですが、その不便さのおかげで、時間だけはたっぷりありました。
忙しいのに、のんびりしている。考えてみれば、少し不思議な暮らしでした。
毎朝、早く起きて、車で数分ほど坂道を下り、小さな湖へ向かいました。
「伊豆の瞳」と呼ばれる一碧湖です。
早朝の湖は、まだ眠りから覚めきっていないように静まり返っていました。湖面には周囲の濃い緑が映り、ところどころに朝もやが漂っています。
時折、小魚が跳ねる水音が聞こえるくらいで、人の姿もほとんどありません。
車を降り、ひんやりとした森の空気を胸いっぱいに吸い込みます。
師匠を突然失った喪失感や、次々と片づけなければならない仕事への重苦しさも、
そんな朝の空気に触れていると、少しずつ薄らいでいくようでした。
木立の中に立ち、葉を揺らす風の音を聞きながら、ただぼんやりと湖面を眺めている。特別なことは何もありません。何かを考えようとしていたわけでもなく、
かといって、何も考えていなかったわけでもないのでしょう。
ただ、そこにいる。それだけで、気持ちが少し楽になる時間でした。

妻と幼い長女、前の月に生まれたばかりの次女は東京にいました。
仕事のためとはいえ、まだ小さな子供たちと離れて暮らすのは、やはり寂しいものです。朝の一碧湖で過ごすほんのわずかな時間は、そんな私の気持ちが、ようやくひと息つける時間でもありました。
都会の喧騒から逃れようとか、心にゆとりを持とうとか、そんなことを意識していたわけではありません。ましてや、自然との共生などという立派なことを考えていたわけでもありません。
目の前には湖があり、森があり、風が吹いている。それしかない世界。
人間の都合とは関係なく、森と湖は時間を刻んでいます。こちらが忙しかろうが、寂しかろうが、そんなことにはお構いなしです。けれども、その変わらない営みが、当時の私にはありがたかったのだと思います。
今になって振り返ると、朝もやの向こうにぼんやりと見えていた木々の姿と湖面に浮かぶ小さな赤い鳥居。あの風景が、私の中に「森の生活」への憧れを植えつけたのかもしれません。それは、何かを決意した瞬間という大げさなものではありません。ただ、あの場所で過ごした時間が、いつまでも心のどこかに残ったのです。

そして、伊豆高原での生活には、一つ楽しみがありました。
夜、一人きり好きな音楽を思い切り大きな音で聴けることです。
隣家とはずいぶん距離があります。都会の住宅事情では、なかなかそうはいきません。近所に気兼ねすることもなく、夜中まで大きな音量で聞くことができる。これもまた、なかなか贅沢な時間でした。
そして、もう一つ。読書です。
自宅から持ち込んだ本を、時間を気にせず読むことができました。
仕事を終え、音楽を聴き、本を読む。
そんな夜を過ごしているうちに、手に取ったのが、ヘンリー・デイヴィッド・ソローの『森の生活』でした。
湖のほとりで森を眺め、夜には音楽を聴きながら本を読む。そうした暮らしの中で出会った一冊です。
当時の私は、その本をどんな気持ちで読んでいたのでしょう。今となっては、細かなことまでは覚えていません。ただ、現実の森に囲まれて暮らしていた時期に、森での生活を綴った本を読んでいた。そのことは、どこか不思議な巡り合わせだったように思います。
そして、私の中にあった森への憧れは、その時に始まり三十数年もの間、ずっと居座り続けることになったのです。私の中には、東京へ戻ってからも、あの一碧湖の朝が残っていたようです。

ヘンリー・デイヴィッド・ソローの『森の生活』は、今から百七十年以上も前に書かれた本です。
ソローは二十代の終わり、アメリカのマサチューセッツ州にあるウォールデン池のほとりに小さな小屋を建て、そこで二年余り暮らしました。
森にこもって世間から逃げ出した、というわけではありません。むしろ、自分の暮らしをできるだけ簡素にしながら、人間が生きていくうえで本当に必要なものは何なのかを、自分自身で確かめようとしたのです。
小屋を建て、食べるものを育て、自然の移り変わりを眺めながら暮らす。季節が巡り、鳥が鳴き、池の水が凍り、また春がやって来る。そんな日々の中で、ソローは自然を観察し、自分の考えを深めていきます。
彼が問いかけたのは、暮らしに必要なものを手に入れるために、私たちはどれほど多くの時間と労力を費やしているのだろうか、ということでした。
もっと働き、もっと所有し、もっと便利に暮らす。そのために忙しく過ごしているけれど、そもそも、そこまでして手に入れなければならないものなのだろうか。

ソローは、身の回りのものを減らし、暮らしを簡素にすることで、自分にとって大切な時間を取り戻そうとしました。もちろん、森での生活は、ただのんびりと自然を楽しむだけのものではありません。「食べるものを確保し、寒さをしのぎ、日々の暮らしを自分の手で成り立たせなければなりません。それでも彼は、自然の中で過ごす時間を通じて、人間が本来持っている自由や、ものを考える時間の大切さを見つめ直していきます。
『森の生活』は、森の美しさを描いた本であると同時に、私たちが当たり前だと思っている暮らし方を、もう一度考え直してみようと語りかける本でもあります。
何を持っているかではなく、どんな時間を過ごしているか。
どれだけ忙しく働いたかではなく、自分の人生をきちんと生きているか。
ソローは森の小屋から、そんな問いを投げかけているのです。
ソローの『森の生活』を読んでいると、森で暮らすということは、単に住む場所を変えることではないのだと思えてきます。

今では、都会と地方の二拠点生活が盛んに語られています。便利な都会の暮らしを続けながら、時には自然の中で過ごす。それも、今の時代に合った、素敵な暮らし方だと思います。
けれども、ソローが森に求めたものは、もう少し違うところにあったのではないでしょうか。
何を持つか、どれほど便利に暮らすか。それよりも、自分にとって本当に必要なものは何なのか。忙しさの中で見失いがちなものを、自然の中で確かめようとしていたのだと思います。
私自身、伊豆高原で暮らしたとき、そんなことを深く考えていたわけではありません。ただ、朝早く起きて一碧湖へ行き、森の空気を吸い、静かな湖面を眺めていました。
東京に戻ってからも、あの朝の風景は心のどこかに残り続けました。
そして、ずいぶん長い年月が過ぎた今も、私はやはり森の生活に心を惹かれています。森に住めば、すべてが解決するわけではありません。暮らしには暮らしの苦労があり、自然の中にも不便はあります。それでも、ときには木々のざわめきに耳を傾け、季節の移り変わりを眺めながら過ごしてみたいと思うのです。
もしかすると、私が憧れているのは、森に住むことそのものではないのかもしれません。
森の中に身を置いたときに感じる、あの何ともいえない静けさ。何かをしなければと急かされることもなく、ただそこにいてもいいと思える時間。そんな時間を、これからも大切にしていきたいのです。
湖の森の木々は、今日もまた静かに風に揺れていることでしょう。

 

著者紹介

蕎麦料理研究家 永山塾主宰
永山 寛康

<プロフィール>

1957年(昭和32年)生まれ。21歳でそば打ちの世界に入り、片倉康雄・英晴父子に師事して、そば打ちの基本を学ぶ。その後、手打ちそば教室の主任講師などを務め、2004年に「永山塾」を開塾。長年にわたり研鑽を重ねたそば打ちの技術と、独自のそば料理を多くの人に伝えている。その感性豊かで繊細なそば打ちと、独創的で洗練された幅広いそば料理の指導、さらにユーモアあふれる講習や、軽い語り口によるエッセイが、プロ・アマを問わず多くのファンを魅了している。近年は、そば関連企業とのメニュー開発や個人そば店への技術指導など、多方面で活躍している。

記事一覧に戻る