
白いワンピースに青いカーディガンを引っかけて、小走りに彼女が来た。
昼飯を一緒に食べる約束で、待ち合わせた駅前のロータリー。
「ごめん、仕事が手間取って出てくるのが遅くなっちゃった」
息を切らせながら、胸に手を当てている。
「何食べたい?」
聞いたところで、私はもう決めている。
「何でも良いけれど」
「じゃ、そばだな」
指差す先にあるのは、駅ビルの二階にあるそばうどん店だ。
彼女は一瞬だけ眉を上げて笑った。
「また?」
その「また?」には、呆れたような響きと、少しだけ諦めたような響きが混じっている。
「もっと他にあるでしょう。パスタとか、中華とか」
「あるよ。でも、そばもある」
「理屈になってない」
そう言いながらも、彼女の足はちゃんと店の方へ向いている。
昼時を少し過ぎた店内は、ほどよく空いていた。
窓際の席に座ると、ホームに滑り込む電車が見える。
注文を済ませると、彼女はようやく肩の力を抜いた。
「ふう。午前中は大変だった」
コップの水を一口飲んで、大変だった仕事のことをぽつりぽつり話し始める。
「昼休みが終わったら、午後もまた忙しいの」
私は相槌を打ちながら聞いている。
聞いているようで、実は半分は聞いていない。
頭の中は、もう運ばれてくるそばのことを考えている。
やがて店員さんが盆を置いた。
冷たいせいろに揚げたての小さなかき揚げ。
彼女がそんな私を見て吹き出す。
「分かった。今、私の話、半分も聞いてないでしょう」
「聞いてたよ」
「嘘。完全にそばのことを考えていた」
図星だな。
箸を割る。
そばをひと口たぐる。
駅ビルの二階。特別な店でもない。行列店でもない。
けれど、不思議なことに、こういう何気ない昼の一枚のそばが妙に記憶に残る。
窓の向こうには、発車ベルと行き交う人の流れ。
そして、彼女はカレーうどんを食べている。
向かいで彼女が言った。
「ねえ、そんなに美味しい?」
私は答えた。
「そばが?」
「ううん、その顔」
なるほど。
「あっ、お汁飛んじゃった」
白いワンピースの胸のところに、黄色い点が三つ付いている。
「困ったな、制服外出は禁止だけれど、時間ないので着替えないで飛び出してきたから」
「怒られる?かい」
白いワンピースと思った服は、仕事場の白衣だそうだ。
「多分大丈夫、誰もカレーうどんのシミとは思わないわよ」
食べ終えて、慌ただしく職場に戻る彼女。
「また、お昼一緒に食べよう。連絡してね、またそばでも良いから」
振り向かず手だけ振りながら、黄色の点々が付いた白衣で病院に戻って行った。
「カレーそばって、邪道ですよね?」
打ち合わせで会った若い営業マンが、少し照れながら言った。
「そばの専門家に言うのも気が引けるんですけれど、僕、カレー南蛮が大好きなんです」
「いやいや。カレーそばには古い歴史があるんだよ。邪道なんてことは全然ない」
そう答えると、彼はさらに身を乗り出した。
「それも、ただ好きなだけじゃないんです。ほら、ソースとか醤油とか、テーブルに置いてあるでしょう。目に入った調味料を、みんな入れたくなっちゃうんです」
「いいんじゃないの。好きなように食べれば」
少々あきれながらも、私は答えた。
「熱いうちに思いっきり、かき込むんです。そうすると、『ああ、これこそカレー南蛮だ!』っていう満足感に浸れるんですよ」
彼は嬉しそうに続ける。
「ネクタイに汁が飛んでも、柄に紛れて目立たないからいいんですけれどね」
そう言って、以前に付けたらしいシミの残るネクタイを見せた。
「でも、シャツに飛ばすと大変なんです。クリーニングに出しても、なかなか落ちなくて」
屈託なく笑いながら話す彼を見ているうちに、私は思った。
「そうか。昔からあるカレー南蛮は、確かに邪道じゃない」
私はシミ柄のネクタイを見つめた。
「でも、君の食べ方はね」
ひと呼吸おいて続けた。
「邪道中の邪道だよ」
多くの方は、カレー南蛮やカレーうどんを、そば店の比較的新しいメニューだと思っている。
しかし実際には、百年以上前からそば店の品書きに載っている、れっきとした伝統の品である。
明治時代に海外から入ってきたカレーを、いち早く取り入れたところに、当時のそば店の柔軟な発想を見ることができる。
以前、私が店長をしていた頃、ひと工夫したカレーそばを出してみたくなり、周囲に相談したことがあった。
ところが返ってきたのは、「カレーの香りが強すぎて、そばの香りが分からなくなる。やめた方がいい」という反対意見ばかり。
皆が口をそろえて否定するので、すっかり意気消沈してしまった。
そんな頃、師匠から電話があった。
「今、カレーそばを研究しているんだが、こっちは田舎でスパイスが手に入らない。今度来る時に何種類か買って持ってきなさい」
思いがけない言葉に、私は思わず嬉しくなった。
そして師匠は続けた。
「それから、カメラ雑誌の『キャパ』も買ってきてくれますか」
研究熱心なのか、趣味優先なのか。思わず笑ってしまった。
だが、その電話が師匠と交わした最後の会話になった。
今でもカレーそばの話になるたびに、スパイスと『キャパ』を頼まれた、あの日の電話の声を思い出す。
研究熱心で、好奇心旺盛で、少しばかり脱線好き。
師匠が本当に待っていたのはスパイスだったのか、それとも『キャパ』だったのか。
今となっては聞くこともできない。
それは、ちょうど小さな本の出版を間近に控えた頃のことだった。
出先の厨房機器会社で打ち合わせをしていると、出版社から連絡が入った。緊急の時のために、その日の連絡先を伝えてあったのである。
携帯電話も持っていたのだが、どうやら気付かなかったらしい。
電話に出ると、担当編集者が少し慌てた声で言った。
「最終校正も終わって、レイアウトもほぼ完成なんですが、カレー南蛮のページに百五十文字ほど空きができてしまいました。二十分で何か書けませんか?」
ずいぶんな注文である。
私は受話器を握ったまま、頭に浮かぶ言葉をぶつぶつと口にした。
編集者はその場で必死に書き留めていく。それが次の文章だった。
“カレー南蛮”
そば屋の食べ物の中で、古よりひときわ異彩を放ち、
その存在を誇示しているにも関わらず、何故に彼は邪道のそしりを受けるのか。
長きにわたり、他に染まらず。染まることを知らず、
ただ飛んだ汁が人のシャツを染めるのみ。
孤高の彼はカレー南。
さて、カレーそばやうどんを食べる時は、くれぐれも白い服など御召し下さるな。
著者紹介

蕎麦料理研究家 永山塾主宰
永山 寛康
<プロフィール>
1957年(昭和32年)生まれ。
21歳でそば打ちの世界に入る。名人と名高い片倉康雄・英晴父子に師事し、そば打ちの基本を学ぶ。『西神田 一茶庵』『日本橋三越 一茶庵』に従事した後、『立川 一茶庵』で店長を務める。その後、手打ちそば教室の主任講師などを努め、2004年より「永山塾」を開塾。長年研鑚を積んだそば技術やそば料理の技術を多くの人に教える。
感情豊かなそば打ちやそば料理の指導に、プロアマ問わずファンは多い。近年はそば関連企業と連携して、開業希望者やそば店等への技術指導にも活躍中。