
本を見るのが好きです。読むのはもちろん好きなのですが、「本」という存在そのものを見ることが大好きなのです。
本には表紙があり、裏表紙があり、背表紙があります。
私は特に、本棚に刺さって背中で己の存在を主張している「背表紙」が、たまらなく好きなのです。
本屋で本を選ぶ時、何より題名が書いてあるそこを見るわけです。
だから、背表紙はアイキャッチの要。そこを逃してしまうと、人は指をかけて本を棚から引き出して手に取らない。背表紙は、本に出合わせてくれるキッカケなのです。これって、幅数センチの背表紙の美学だと思うのです。
日々、時間があれば書店の新刊を眺め、今月出た雑誌をチェックします。
その後、図書館へ行ってあてもなく棚を見回します。中でも一番興味をそそられるのが「本日返却された本」のコーナーです。
人がどんな本を借りているのかを覗き見る楽しさがあり、そこに自分の知らなかった項目の本があれば、それがまた新たな興味を引き出してくれます。
図書館で気になる本を借り、その足で古書店を巡る――昔からそんな時間を過ごしてきました。もともとそんな本好きの性分(しょうぶん)なのですが、これが自分の商売と結びつくと、いよいよ歯止めが効かなくなります。
そばは食べる物。
これが大前提なのだけれど、そばを生業(なりわい)としている人間とすれば、仕事に関する事柄ですから、知りたいこと・知らねばならぬこと・調べたいこと、まぁ様々に出てきます。
そこで、資料が欲しくなるわけです。
そばは料理ですから、その道が仕事となればそばだけに収まらず、料理一般のことにも当然関心がゆきます。料理に関心がいけば、素材も見落とすわけにはいきません。そうなると、料理を盛る器のことも知りたくなります。
店に関して言えば、建築の本も読み出します。
こちらは店とは離れて建築そのものに興味が出てきて、いよいよ本格的な収集が始まり出すのです。
根っからの「本好き」に「職の探求心」が合体してしまったのですから、我が家の本棚があふれかえるのは、もはや必然でありました――。
我が家の書棚にあふれかえっている本の中から、今回は「そば」に関して『これこそは』という本を挙げてみようと思います。
当初は5冊ほどに絞るつもりだったのですが、棚を見つめているうちにどうしても外せないものが増え、結局7冊になってしまいました。
もっとも、これはあくまで私自身が強く影響を受け、手元から放せないでいる本たちです。専門的な解説というよりは、一人のそば人の偏愛に基づく選書ですので、お読みの方の参考にはならないかもしれません。
そのあたりはどうかご了承いただくとして――。
①『蕎麦入門』カラーブックス(新島 繁 著/保育社 1975年刊)
当時、一番身近に入手できたそばの本です。そばにまつわる基礎知識は、まずこの本から授かりました。

②『そばの技術<有楽町更科覚え書>』(藤村 和夫 著/食品出版社 1980年刊)
仕事から帰り、風呂から上がって腰にタオルを巻いたままで、夢中になって貪り読んだ一冊です。一番影響を受け、勉強させていただいた私の中のベストワン。昔よく「無人島に一冊持って行くなら『歎異抄』か」なんて問いがありましたが、いや、私なら歎異抄よりもこの本です。(……いや待てよ、無人島なら素直にサバイバル本を持って行きますでしょうか)

③『そばの本』(高瀬 礼文 著/文化出版局 1983年刊)
自分が打ったそばが、初めて印刷物に掲載された思い出深い本です。写真がとてもきれいで素晴らしい仕上がりでした。構成や内容も当時としては実に斬新で、内容が濃く、今見返しても変わらぬ美しさがあります。自分が打った海老切りの出来が、うーむちょっと……ごめんです。
④『栄養とそば料理集成・復刻版』(村井 政善 著/東京書房社 1981年刊)
「そば料理はこの人に尽きる」と、昔、師匠から教わりました。この方は、当時の応用料理の大家です。昭和初期の古い著書は数冊所有しておりますが、こちらは新島繁先生の手による復刻版になります。村井政善は、昭和初期のこの時代にそばによるアレルギーに言及しています。

⑤『蕎麦考』味覚選書(長友 大 著/柴田書店 1976年刊)
宮崎大学の長友先生による、植物としてのソバに関する本です。この当時は、植物学的な観点からソバを扱った本がまだ少なかったので、何度も繰り返し読み返しました。

⑥『蕎麦通』(村瀬 忠太郎 著/四六書院 1930年刊)
昭和初期の言わずと知れた名著です。後に小学館文庫や廣済堂文庫などでも復刊されており、江戸・明治・大正・昭和と受け継がれてきた味覚の真髄を感じさせてくれます。

⑦『石臼探訪』(三輪 茂雄 著/産業医術センター 1973年刊)
粉体工学の第一人者・三輪先生が石臼について語られた本です。まだ自家製粉を導入するそば店が世の中に今ほど普及していなかった頃、手探りの中で大変参考にさせていただきました。
古い本ばかりです。他にも沢山、本棚から取り出すとキリなくあります。
ところで以前、月刊の男性情報誌の編集者の方からこんな話を聞いたことがあります。
「そば特集を組むと、その号は売り上げがぐんと伸びる」 これはきっと、購買層の中心であった団塊の世代の方々が元気に行動し、旨いそばを求めて街へ繰り出していた時代ならではのことなのでしょう。
今やその世代も情報を追いかけることをやめ、外へ出歩くことも少なくなったと言われます。今ではもう、そば特集の本も以前ほどは売れないのだと耳にしました。
さて、最後に「背表紙」に関して、ひとつ忘れられない思い出があります。
街の書店で、料理本コーナーの棚を覗いていたときのことです。
復刻された師匠の本の隣に、私の書いた本が並んで陳列されていたのです。
あの時の嬉しさは、今でも忘れられません。胸がいっぱいになり、思わずその場で写真を撮って母へ送ったほどでした。
この本は思いのほかよく売れて(買ってくださった皆様には感謝しかありません)、今では版元にも一冊も残っていないそうです。
私の手元にも、残るはただ一冊。現在は電子書籍として販売されているようです。
時代は進み、紙の媒体離れと言われて久しい世の中になりました。
けれど、背表紙を眺め、手に取ったときの、あの重みと確かな質感――。
私はやはり紙の本が好きです。
だからこそ、私の心が穏やかでいられる安息の時間は、これからも本との出会いを求めて街をふらつくことで、満たされていくのだと思っています。ただし、このまま増えていくといつか本に、家が潰されかねないかもしれません。
著者紹介
蕎麦料理研究家 永山塾主宰
永山 寛康
<プロフィール>
1957年(昭和32年)生まれ。21歳でそば打ちの世界に入り、片倉康雄・英晴父子に師事して、そば打ちの基本を学ぶ。その後、手打ちそば教室の主任講師などを務め、2004年に「永山塾」を開塾。長年にわたり研鑽を重ねたそば打ちの技術と、独自のそば料理を多くの人に伝えている。その感性豊かで繊細なそば打ちと、独創的で洗練された幅広いそば料理の指導、さらにユーモアあふれる講習や、軽い語り口によるエッセイが、プロ・アマを問わず多くのファンを魅了している。近年は、そば関連企業とのメニュー開発や個人そば店への技術指導など、多方面で活躍している。