
昨年、そばに関わる監修をさせて頂いた、木村太一監督・MEGUIプロデュースの映画『FUJIKO』が、このたびイタリアで開催された、第28回ウディネ・ファーイースト映画祭にて、最高賞にあたる「ゴールデン・マルベリー賞(Golden Mulberry Award)」 と、「ブラック・ドラゴン・特別観客賞(Black Dragon Audience Award)」を受賞しました。
私が関わったのは、そば打ちの所作や空気感についての指導と監修。
撮影現場に立ち会ったのは数日間でした。けれどもその短い時間の中でも、監督をはじめスタッフの皆さんの作品に向かう熱量は、とても印象に残っています。
そばを打つ場面ひとつをとっても、「ただ形になれば良い」ではなく、粉に触れる手つきや間の取り方、身体の重心にまで気を配る。その真剣さに、こちらも自然と力が入りました。
撮影の合間には、照明さんや録音さん、美術スタッフやヘアメイクの方々とも雑談を交わし、気が付けば、どこか昔からの顔馴染みのような空気になっていたのを覚えています。現場というのは不思議なもので、数日でも同じ釜の飯……ならぬ、同じロケ弁を囲んだような親しみが生まれるものです。
ですから今回の受賞の知らせを聞いた時には、「よかったですね」と頭で思うより先に、皆さんの笑顔が次々と浮かんできました。きっと監督は人一倍の大きな体をさらに大きくして喜び、プロデューサーのMEGUIさんは、周囲に気を配りながらも内心は飛び跳ねているのではないか、初主演の片山友希さんは歓喜でいっぱいだろうな──そんな様子まで想像してしまいます。

映画の撮影現場で目にした、あの独特の慌ただしさ。
宿泊や食事、移動の手配に至るまで寸分の狂いもなく進んでいく進行管理の緻密さ。
そして、道端に咲く花一つにも、場面ごとの季節感や時候が細かく考えられている、その神経の行き届き方。何を見ても感心の連続でした。
私はスタッフではなく、いわば外から現場を眺めている立場でしたから、なおさら驚きが大きかったのでしょう。それぞれが自分の役割を的確に果たしながら、大勢で一つの作品を作り上げていく。その積み重ねの熱気に触れているうちに、「映画作りの世界に魅せられる」という気持ちが、少しずつ分かるような気がしてきました。
ただ、その代わりに困ったこともあります。以来、家で映画を観ていても、以前のように素直には入り込めなくなりました。
「ここにカメラが置かれて、この角度で撮っているのか」とか、「俳優さんは、あそこから合図で歩き出しているのだろうな」とか、つい現場の段取りを想像してしまうのです。
料理人が外食をすると、つい厨房の動きや仕込みが気になる、とよく聞きますが、どうやらあれと同じ症状らしい。映画の魔法の裏側を少し見てしまった代償でしょうか。もっとも、それだけ多くの人の技術と気配りで、一つの場面が出来上がっていると知ったからこそ、エンドロールの重みを、以前よりずっと深く感じるようになり、今はロールの最後までしっかり観るようになりました。


この映画で、そば打ちと所作をお教えしたのが、イッセイ尾形さんでした。
さすが一人芝居の第一人者だけあって、動きの“意味”を掴むのが、とにかく早いのです。
そば打ちは、ただ手順をなぞれば形になるものではありません。特に木鉢の作業は、外から見える動きよりも、見えない中の感覚の方が大切です。
粉に水が回っていく瞬間の指先の探り方。粒を寄せる時の掌の圧。
力を入れているようで、実は逃がしている加減。そういう細かな感覚は、普通はなかなか伝わりません。
ところがイッセイさんは、「中で何が起きているか」を理解した上で、「それが外からどう見えるか」を同時に考えておられました。
たとえば、木鉢の縁に手が隠れて見えなくなる場面でも、肘の角度や肩の重心、視線の置き方によって、「ああ、今粉をまとめているんだな」という気配が客席に伝わる。実際には見えていないのに、見えている気にさせる。そこに、舞台の人ならではの表現力がありました。
こちらが「この時は、あまり急がずに粉を呼び込む感じで」と説明すると、すぐに動きが変わる。ただ真似をするのではなく、“間”まで含めて身体に入っていくのです。おそらく芝居でも同じなのでしょう。
台詞だけではなく、その前後の沈黙や呼吸に、人の感情が宿ることを知っておられる。
面白かったのは、こちらが職人として無意識にやっている動きを、「今の手は、見せた方がいいですか? それとも隠した方が、かえって伝わりますか?」と質問されたことでした。なるほど、と思いました。職人は効率や正確さを優先しますが、役者は“伝わる動き”を探しているのです。
そば打ちというのは、本来とても地味な作業です。粉と水と向き合い、黙々と手を動かす。しかし、その静かな動きの中にも、人を惹きつける表情がある。
イッセイさんは、その見えにくい魅力を丁寧に掬い上げて、自然な所作として形にしていかれました。
撮影の合間、スタッフの方が「本当に打っている人みたいですね」と驚いていましたが、私はむしろ、「本当に打っている人以上に、“伝わる打ち方”を考えているな」と感じていました。
そば打ちの一番大切な工程の木鉢仕事。木鉢の中にある手と、舞台の上の芝居。
場所は違っても、“見えないものを伝える仕事”という点では、どこか似ているのかもしれません。


そば打ちの練習で打ったそばは、その場にいたスタッフの皆さんに食べてもらっていました。せっかく打ったのですから、食べてもらうまでが稽古です。
私はいつも、もっともらしい顔をして、「そばはねぇ、誰が打ったかで決まるんよ」などと言っていました。さらに調子に乗ると、「やっぱり俺のそばじゃないとねぇ」と、スタッフ相手に、ずいぶんな大物口調でうそぶく。半分冗談、半分本気です。いや、本気の割合の方が少し多かったかもしれません。
ところが実際に茹で上がってみると、世の中はなかなか残酷です。
「イッセイさんの打ったそば、食べたいです!」と、皆そちらへ集まっていく。
配る前から、もう空気が違う。人気俳優の楽屋前のように、人だかりができているのです。一方、私のそばの方へ来るのは、「まだ残ってます?」とか、
「食べられるなら何でもいいです」という、たいへん現実的な方々ばかり。
中には、完全に“第二希望”の顔をしている人までいる。
私は湯気の立つそばを横目で見ながら、両手のひらを上に向け、首をかしげて降参のポーズ。
「ええ〜? そっちなの?」と言葉には出さないまでも、身体全体で訴えている。すると周囲が笑う。でも、その笑いの中心にいる自分を、どこか少し離れた場所から見ている感覚もありました。
考えてみれば、一人芝居の名手を相手に、こちらも無意識に芝居をしていたのでしょう。
イッセイ尾形さんの周りには、人の気配を舞台に変えてしまう、不思議な力がありました。こちらまでつい、“間”で遊びたくなるのです。
もっとも、冷静に考えれば当然です。
「名優が打ったそば」と「いつもそばを打っている人が打ったそば」なら、話として面白いのは、やはり前者ですね。
映画の現場では、そばまで役者に負ける。
なかなか味わい深い経験でした。


木村太一監督と主演片山友希さん MEGIMIさんとツーショット
*画像(C)2026 FUJIKO Film Partners
著者紹介

蕎麦料理研究家 永山塾主宰
永山 寛康
<プロフィール>
1957年(昭和32年)生まれ。
21歳でそば打ちの世界に入る。名人と名高い片倉康雄・英晴父子に師事し、そば打ちの基本を学ぶ。『西神田 一茶庵』『日本橋三越 一茶庵』に従事した後、『立川 一茶庵』で店長を務める。その後、手打ちそば教室の主任講師などを努め、2004年より「永山塾」を開塾。長年研鑚を積んだそば技術やそば料理の技術を多くの人に教える。
感情豊かなそば打ちやそば料理の指導に、プロアマ問わずファンは多い。近年はそば関連企業と連携して、開業希望者やそば店等への技術指導にも活躍中。