カリンバの調べ

たまに行く喫茶店の、モーニングサービスの茹で卵に感心する。
黄身はスプーンですくえそうな柔らかさ、それでいて手で持っても白身はしっかりしている。いつも、丁度よい固さに茹でられている。
真似をして茹でてみるのだけれど、これがなかなか上手くいかない。
卵の温度と水の温度が原因なのか?
思ったよりも固くなったり、柔らか過ぎたり、まさに儘ならず。
我が生涯の数えきれない程の茹で卵作りは、微妙な半熟卵を作る経験として、どうにも活かされていないようだ。
そこでこの時代だもの、さぁっと!ネットで検索した。
そこには、半分に切られた卵の写真とそれぞれの茹で時間が丁寧に記されている。
水から茹でる時と、湯から茹でる時の違いや、卵の扱いまで事細かく説明がある。
どうやら、茹でる湯と卵の条件を一定に保つことが、ポイントのようだ。
早速、指示通りに作ってみれば、まぁ見事に理想の半熟卵ができた。

あぁ本当に、よい時代になったなぁとつくづく思う。

クリスマスイブの前日のことだった。
宅配便が届いた。段ボール箱は大きさの割に思いのほか軽い。送り状を見ると、差出人は娘の名前だ。
確認のために電話をかけると、娘は少し得意げに言った。
「そうクリスマスプレゼント、その楽器でしょ」
箱を開けると、小さな木の板に金属の細い棒が並んでいる。
両手の親指で弾く素朴な楽器。
以前、中古楽器店で見かけて、珍しさに思わず少しだけ触れたことがあった。
その日の夜、家に来ていた娘に携帯の画面を見せながら話した。
「カリンバという楽器だって。アフリカの楽器らしいよ」
どこかお守りのように静かで、両手に収まる慎ましさがある。派手さはない。
けれど、親指ひとつで音楽が生まれるという簡潔さに、心をつかまれた。
「あのとき欲しそうだったからね」と娘は言った。
たまに孫の送り迎えを仰せつかる私に向けた、娘の『サンタ心』らしい。
「弾き方、よくわからないな」
「そんなの、ネットで見れば良いじゃない」
さてカリンバが、いま目の前にある。

知りたいことが沢山あった。調べたいことは尽きなかった。
そばの世界の門を叩き、修業を始め、頭を突っ込んでからの、数年間のことだ。
当時、『そば』に関する情報の絶対量は少なかった。いや、ほとんど無かった。
だが、それがよかった。
もしもその頃に、SNSが存在していたとしたら、今のように広まっていて、情報を簡単に集められるとしたら、私はそばに関わっていなかったと感じる。
もし、YouTubeがあったのなら、私はそば打ちに『熱』を持って向かわなかったと思う。
調べたいことがあるならば、国会図書館に行けばよいとアドバイスを貰い、
時間を作っては足繁く通った。
項目別の目当ての検索箱に入ったカードをめくり、書物毎にふられた番号を請求申請書に記入する。
カウンターに提出して本を待つこと小一時間。調べたい部分をノートに懸命に書き写す。
書き写せない写真や図版は、ページごとに転写依頼書を書いてコピーカウンターで転写を依頼する。これも小一時間待つ。
その日に予定していた、僅か二項目を調べるのに半日、往復の電車移動時間を入れると少ない休日のほぼ一日は、あっという間に暮れた。
改めてその頃を思い返えせば、自分が最も充実していた時期だったのではないかと思う。何よりも、楽しかった。
乗換駅で電車を待つ時間でさえ、ワクワクしていた。
知りたいことが、明らかになっていくことより、知りたいと思う事柄がどんどんと増えていくのが、また次の喜びになっていた。
その書き写した数十冊のノートとコピー類は、もはや情報としての意味を持つことは無い。
今、同じ内容を調べるとなると、キーボードを叩く僅か3秒で済んでしまうから。
けれど、字に残ら無かった当時の情熱と思い出が、そのノート達には残っている。
捨てられないノートは、押し入れの一番奥にしまってある。

SNSの力は、情報の量だけではない。
挑戦を特別なことから日常の延長へと変えたことだと思う。
昔は、始める前に考えすぎた。続かなかったらどうしよう。
お金が無駄になったらどうしよう。恥をかいたらどうしよう。
けれどいまは、「ちょっとやってみよう」が許される空気がある。
むしろ、その軽やかさを楽しむことさえ肯定されている。
気軽さを謳歌する時代。
それは浅さではなく、入口の広さだ。
深く続ける人もいれば、いくつもの入口を渡り歩く人もいる。
どちらも自由だ。今や、そばを打ちたければ、まずネットからだろう。
YouTube
を見れば、それこそいくらでもそば打ちを見ることができる。
修業もいらない。門を叩く勇気もいらない。
先ずは、そばに触れて、試しに打ってみればよい。
そば打ちも、もう修業だけが道ではない。

カリンバも先ず鳴らしてみればいい。動画を開けば、指の動きも教えてくれる。
私は、動画を見るままにそっと親指で金属の棒を弾いてみた。
ポロンと、澄んだ音がした。
それは大げさな決意も、長い下積みも必要としない音だった。
ただ「やってみたい」という気持ちに、まっすぐ応える音。
続くかどうかは、あとで考えればいい。
そば打ちも、カリンバも、同じなのかもしれない。
カリンバを親指で弾くと、ポロンと小さな音が広がる。
その音は、昔なら遠かった世界が、いまは手のひらにあることを教えてくれる。
学ぶことは、重たい決意から、軽やかな好奇心へ。
SNS
はその背中を、そっと押している。

時代は変わった。けれど、何かを習いたいと思う心は変わらない。
違うのはただ一つ、その一歩が、驚くほど小さく、やさしくなったということだ。
時代は変わり、入口は増えた。

本当に、良い時代になったなぁと思いつつ、親指はカリンバの調べを奏で始めた。

 

著者紹介

蕎麦料理研究家 永山塾主宰
永山 寛康

<プロフィール>
1957年(昭和32年)生まれ。
21歳でそば打ちの世界に入る。名人と名高い片倉康雄・英晴父子に師事し、そば打ちの基本を学ぶ。『西神田 一茶庵』『日本橋三越 一茶庵』に従事した後、『立川 一茶庵』で店長を務める。その後、手打ちそば教室の主任講師などを努め、2004年より「永山塾」を開塾。長年研鑚を積んだそば技術やそば料理の技術を多くの人に教える。

感情豊かなそば打ちやそば料理の指導に、プロアマ問わずファンは多い。近年はそば関連企業と連携して、開業希望者やそば店等への技術指導にも活躍中。

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